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平成21年5月6日 父の思い出(診療雑感)より原文のまま

[2026.04.20]

皆様、ご無沙汰しておりました。

3月23日に父が亡くなりました。


本来、私の披露宴の席上で話すつもりであった父の想い出。
残念ながら伝えることができなった話を今日ここで披露します。


私達3兄弟が小さかった頃、父は休日になると3人を自転車に乗せて近くの「西友」や「イトーヨーカドー」に連れて行ってくれました。
予算は一人100円までで、好きな物を選ぶのが休日の一番の楽しみ。
そんなある日、確か小学2年生の秋、理科の授業で見た秋植えの球根が「上の原団地の西友」の園芸場にありました。
チューリップでも水仙でもなく、「ヒヤシンス」の球根に目が釘付け。
大きな紫色の球根が一個だけ凛と存在していました。
値段は250円か300円。予算オーバーを承知の上でどうしても欲しくて、めずらしく父にねだったのです。
父は「(西武)デパートに行けば、もっとあるからそっちで買ってあげる。」と言いました。
成長した今では、もっともの判断だとわかります。

しかし当時は・・・もし、デパートに売っていなかったら?ここに戻ってきたときに売れてしまっていたら?そのとき私は後ろ髪を引かれる思いで「西友」を後にしました。
帰宅後、何度も父に尋ねました。「まだデパートに行かないの?」どんどん時が過ぎていきます。当時のデパートは5時の閉店だったかと思います。
3時頃になると、私は泣き出しそうになりました。「まだ行かないの?もう終わっちゃうよ?」出掛ける前に父はきまって髪を梳かすのです。
ヘアトニックの香りが出発間近であることを私に伝えてくれました。
池袋まではおよそ45分。
売店で選ぶことを考えると一時間前がタイムリミットだと7才の私にもわかっています。
出発は3時半を過ぎていたようです。
秋の夕暮れがせまっている中、父は私一人だけを連れて、東久留米の駅に向かいました。
当時、園芸売場は地下一階と九階の屋上にありました。時間の関係からか急いで地下一階に向かいました。
あった!紫、ピンク、白、ブルー、赤紫・・・5、6色の球根が、いずれも10個以上。父は3個入る水栽培のケースと球根を買ってくれるというのです。
1個のつもりが3個?興奮しました。
(何色にしよう?どれが大きいかな・・・)3個の球根を選び終えると、父は言いました。
「(横にある)クロッカスの球根の水栽培セットも買っていこうか?」
「も、もういいよ。」おそらく生まれて初めて私は遠慮しました。
涙が出そうだったのです。

その時の気持ちは、後年読んだ2つの小説の中にありました。
「坂の上の雲」(司馬遼太郎)「走れメロス」(太宰治)。
決戦を前にして主力艦二隻を同時に失ってしまったときに、沈没艦の艦長2人をねぎらう東郷司令長官。
抱擁前に殴りあったメロスとセリヌンティウス。
大切な人の言葉を疑ってしまった私。
そんな小さくていたらぬ私を認めてくれる父。
この人にふさわしい人間になりたい。
ずっと心のどこかでそう考えていたように思います。

後年、歯科医師となった私。患者の皆さんから無理難題(単なるワガママ?)をいただく毎日です。
「無茶なこと言うよな。100回考えても無理だと思ったら断ろう。」帰りの電車でそう考えながら帰るものの、お断りしたことはほとんどないハズです(よね?)
そんなとき父の「期待を超えた思いやり」が、私のどこかに根付いているような気がします。


特に総入れ歯の方が来院されると一番ワクワクします。
総入れ歯の修理は、他の治療と違って私一人が頑張りさえすれば(費用や他の材料を選ばなければならない治療と違って)いくらでも質を向上させられるからなのです。

山口県からいらした方の総入れ歯を3時間かけて直したこともありました。
その間の予約の患者さんを他の先生に診察してもらいながら。人様への親孝行とでも言いましょうか。
もう、父の入れ歯を直すことはできないのですから・・・。

披露宴での話は母の想い出についても、もちろん用意してあります。
でもこれはまだ秘密。
アラフォーを超えてしまったとはいえ、まだ結婚しないと誓ったつもりはありませんから。

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